バズったら宣伝しろっておばあちゃんが言ってたので
私は俗に言うおばあちゃん子だ。
祖母の家は私の住む街から駅にして三つ離れたところにあった。祖父は私が生まれる前に他界しており、老人の一人暮らしにはやや広すぎる日本家屋に、祖母は一人で住んでいた。
正月に、夏休みに、あるいは両親と喧嘩をしたときに、祖母の家を訪れた。そのたびに、祖母は私を優しく迎え入れてくれたのであった。
祖母が入院したのは私が高校二年のときだった。
病気のことを詳しく聞いたわけではない。しかし、両親の様子を見る限り、病状が思わしくないことは、なんとなくわかっていた。
私は祖母の入院先に足繁く通った。その病院もやはり私の街からは三駅離れたところにあった。
病室でも、祖母は普段と変わらず、私を優しく迎え入れてくれた。
学校のこと、通い始めた予備校のこと、最近買ってもらったスマートフォンのこと。他愛もない話を、祖母は嬉しそうに聴いてくれた。そのことが、私にとっても嬉しかった。
その日も私は、学校帰り、自分の最寄り駅を三つ通り過ぎて、祖母の入院先へ向かった。
祖母の様子は普段と変わらなかった。他愛もない話を優しい笑顔で聴いてくれた。
帰り際、祖母は私を呼び止めた。そんなことは初めてだった。祖母は蕩々と話し始めた。
「ゆうちゃん、わかっていると思うけど、私はもう長く生きられないの。優しい家族に恵まれて、未練はないけれど、可愛い孫に会えなくなるのは寂しいわ。だから、このお守りを私だと思って持っていてほしい」
そう言って赤いお守り袋を私の手のひらに置いた。
「それからもう一つお願い。私は、ツイッターというものはよくわからないけれど、前に聞いた話では、いいと思った物事を共有するものなのね?だから、沢山の人に"いいね"って言われるような投稿をしてほしい。そして、そういう投稿ができたら、その人達にゆうちゃんの好きなものを教えてあげてほしい。ゆうちゃんは私の自慢の孫だから、沢山の人に好かれてほしいし、ゆうちゃんを好いてくれる人たちと、好きなものを共有してほしい。それが、私の願い」
「わかった、必ずバズって、そのあと宣伝する」と私は応えた。祖母は私の言った「バズる」の意味を明らかには飲み込めていないようだったが、私が祖母の願う通りにすると約束したことに満足そうだった。
「もしそれができたら、そのお守りを開いてみて。そのときのゆうちゃんに必要なことが書かれているから」
私は頷いた。
話している間、祖母は柔和な表情を崩さなかった。しかし、その奥にある真剣な眼差しを、私は感じ取っていた。
帰りの電車内で、祖母にもらったお守りを見つめた。涙が止まらなかった。
祖母が亡くなったのは、それからちょうど一週間後のことだった。
それからというもの、私はただ、バズることだけを、祖母との約束を履行することだけを考えて生活をした。
まず、バズの素地を作ることが必要だと思った。相互フォローアカウントを利用し、ある程度見栄えのよいFF比*1を作った。その上でFF比が近いアカウントをフォローし、まめに"いいね"をすることで、着実にフォロワーを増やした。もちろんその間にも、まとめサイトや他のツイッターアカウントから面白い画像や文章を剽窃し、時期を見てツイートすることを心がけた。
フォロワーを増やすこと、面白いツイートを用意すること。この二つのことに私は心血を注いだ。これがバズのための最短ルートだと信じていた。このルートを進むことだけが生活の全てだった。
気がつくと祖母の死から二年が経っていた。最もいいねがついたツイートで71いいね。何いいねからがバズであるかという基準は、はっきりとわかっていなかったが、自分のツイートがまだその域に達していないことは理解していた。
祖母との約束に期限はない。しかし、このままでは一生約束を果たせないのではないかという焦りを、確かに感じるようになっていた。
そんな漠然とした焦燥感に包まれながら、まとめサイトの書き込みをコピーアンドペーストしている最中、一つの考えが浮かんだ。
伸びているツイートにリプライを送るのはどうか――。
それまで、私はフォロワーを増やす努力をしてきた。ツイートを見る人が多ければ多いほど、バズる確率も高くなると考えたからだ。
何万、何十万という"いいね"がついているツイートは、それだけ多くの人の目に触れているということだ。そのリプライ欄にも同じことがいえる。伸びたツイートにリプライを送れば、普通にツイートするよりも人目につきやすく、バズるハードルはぐっと低くなる。
私はリプライの宛先となるツイートを探した。それはすぐに見つかった。
投稿から5時間で1.2万いいね。投稿からまだ間もないにも関わらずこれだけ伸びているなら、ここから先もさらに多くの人の耳目を集めるだろう。その過程で私がこれから送るリプライにも多くの"いいね"がつくに違いない!
ふとツイートの内容を見た。モナ・リザに松本人志の顔面が合成された画像だ。本文はない。
これはパクツイだ!
以前にまとめサイトで、また他の人のツイートでも見たことがある画像だった。私もまとめサイトや他のツイッターアカウントから面白い画像や文章を剽窃してツイートをしている手前、インターネット上のネタには詳しくなっていた。これは明らかに既出だ。
パクツイが非難される理由を私は知らなかった。しかし、それを指摘した者が賞賛されるということは知っていた。
幸いにも、当該ツイートにはまだパクツイを指摘するリプライは送られていない。
ならば――!
私は、ピンク色のベストを着た芸人がアニメキャラクターと一緒に上方を指さし、下部には「上のツイートパクツイな」という文字が入った画像をリプライとして送信した。満を持してのパクツイ指摘だ。
成果はすぐに現れた。
通知が鳴り止まない。私のリプライへの"いいね"は一時間あまりで700を越えた。
これが"バズ"。私が追い求めていたもの。
私は"バズった"リプライに更に続けた。
「バズったら宣伝しろっておばあちゃんが言ってたので!私の大好きなおばあちゃんです!」
宣伝ツイートには祖母の生前の姿と遺骨の写真を添付した。
私の心は意外なほど落ち着いていた。その穏やかさは、達成感から来るものに違いなかった。
バズり、そして宣伝すること。私は、遂に祖母との約束を果たしたのだ。
いや、祖母の願いはもう一つあった。祖母が「自分の代わりに」と渡してくれたお守り。約束を果たした暁にはそれを開けてほしいということだったはずだ。
私は机の引き出しからお守りを出し、手のひらに乗せた。
約束を果たした孫の姿を、誇らしい仕事を完遂した私の姿を、祖母に見せなければならない。
お守りを開けた。中には、小さな紙が四つ折りにされて入っていた。
紙を開くと「死ね」と書かれていた。
*1:フォロー数とフォロワー数の比率のこと。一般に、後者が前者を上回っている方が良いとされる。